宮崎の四季より

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zoom RSS イノシシを捌く

<<   作成日時 : 2005/12/04 16:50   >>

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今日は親戚の叔父からの依頼でイノシシを捌きました。
イノシシは、家で捌くことができます。豚や牛を家で捌くと罪になります。
ちなみに僕は本職です。

食用とはいえ、毎日餌をやり愛情込めて育てたものを殺すのは、やっぱり複雑なようです。
息子さんは元猟師なので、自分でもできるはずですができないそうです。
で、僕に頼んでくると言う訳です。
イノシシを動けなくして、とどめをさします。数秒で動かなくなります。無駄な苦しみはあたえません。
毛をバーナーで焼いて、内臓をとり足と頭をナイフで切断。骨を抜き肉の塊になります。
職場の友人と二人で二時間弱の作業です。

中学生の近所の少年が言いました。
「おじちゃん、こんな仕事してたんだ」
「おう、そうだ」
「なんか、かっこいいね」

眉をひそめて、いやな気分でなにか思われるかもとも思いました。
しかし、少年はうまれて初めてみた光景に何かを感じたようでした。
イノシシの野生の匂い。毛の焼ける匂い。イノシシの血。衝撃的だったに違いありません。
彼は何を感じただろう? きっと、何かを感じてくれたと思いました。

肉を食べる。命を食べる。われわれはそうやって生きてきました。
かなり、衝撃的な内容になりましたが、まぎれも無く、今日の出来事でした。
みなさん、食べ物を食べるときは「いただきます」をお忘れなく。
人間ほどありとあらゆるものを摂取する生き物はありません。それが、人間であり生きることであります。
今生きていることに感謝。それを支えるものに感謝。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
風馬さん、先日は人間違いをしてしまって失礼しました。でも、コメントを下さって嬉しかったです。
そうですね、人間はほんとうに雑食ですね。動物蛋白を摂らないベジタリアンの方もありますが、植物だって生きているのだし・・・。光合成でもできなければみんな、生き物を食べなければ生きられないのですよね。原住民のアニミズムはそういった基本に根付いているのでしょうね。
「食べること」を敬意の表現と捉えて死者を食する民族もあると聞きます。自らに摂りいれて生かすという意味なのだと思いますが・・・。極端な例かもしれませんが、生命の誕生を、存続を、尊いことと思うのなら、食べることは自然なことですよね。また、育てたものに情の移るのもむろんのことだと思うのです。
感謝して食べて、生きたいと思います。
正直、ふだんは好き嫌いの多いわたしなのですが・・・。せめて、目の前のものは残さず平らげるようにしよう・・・。
わたしもご近所の男の子は、きっと何かを感じたのだと思います。世間の生活のなかに紛れがちなことですけど、忘れられない何かだったと思います。
ツキ
2005/12/06 14:13
ツキさま

コメントありがとうがざいます。
家畜は、肉だけにとどまりません。堆肥はもちろん、皮は革製品に油脂は肥料などに、骨も骨粉となります。豚の毛は歯ブラシにもなります。たとえ、ベジタリアンでもその恩恵を少なからずいただいています。
まずは、生きていることに感謝できれば、おのずとあらゆるものへの関心もふかまり、すべてのルーツさえもわかるような気がします。
戦争を生き抜いた祖先。また、その昔の平均寿命意の短い時代を生き抜いて子孫を残してくれた祖先・・・・。と今、我々がここにこうして生きていることがどんなに素晴らしいことか実感できるような気がしますね。
命を繋いでいくことは、ほんとうに尊いことですね。感謝の気持ちをわすれずに生きて行きたいものですね。
風馬
2005/12/06 19:59

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