宮崎の四季より

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zoom RSS 自分を取り戻す

<<   作成日時 : 2007/05/15 13:57   >>

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人は生きていく過程において、さまざまなものに巻き込まれます。
家族、学校、会社、組織、身の回りにあるもの全て接して生きていきます。
それは、決してあたたかなものばかりではありません。
自分をだましたり、他者をだましたり、ときには自分さえ裏切ってしまうことも。
そんななかで、人は本来の自分を捨てこれが、自分なんだと言い聞かせることもあります。
いや、捨てているのだなく、見失っている。もしくは、押し込めているような気がします。

季節風春の研究会でぼくは、こんな事を言ってしまいました。
たしか、ぼくの作品を合評していただき、作者からひと言。と言われたときだったと思います。
支離滅裂で何を話したかもよく、覚えていませんが。たしかに言ったきがします。

「ぼくは、作品を書きながら癒されます。もしかしたら、いや、たぶん自分のために書いているような気がします。物語として。でも、その物語のなかで、誰かに共感してもらえたら、それでいいと思っています」

なんで、そんな事を言ったのか自分でもわかりませんが、言わずにおれなかったぼくでした。
何が言いたいのかと、言うと。ぼくは、物語を書きながら自分を探しているのです。
自分のルーツや本来のぼくの姿を捜し求めているような気がしています。
まだ、本当の自分にはたどり着けていませんが、その過程において、見つけたものを物語として書いて、それを、読んだかたが感じてくださる。共感してくださることが何よりも嬉しいです。
もちろん、あくまでも物語として書いているので、ぼくの体験が全てではないのです。
そんなことを、したら児童文学にはなりえません。

でも、書く過程において、自分の中の少年と向き合い、その少年の魂に触れたとき、さまざまな想いがあふれてくるのは事実です。
そして、ぼくはぼくの原点に近づいているような気がするのです。
本来の自分を取り戻すために、書いている。そう実感しています。

もうすぐ、物語の中で書きますが、ぼくは少年の日に、自分の腹に包丁をあてました。
母親に「殺して」と頼んだこともありました。10才にも満たない少年です。
そこに立ち向かうとき、ぼくは苦しいです。痛いです。でも、その少年をそのまま、そことどめていたくはないのです。
自分を取り戻すために、ぼくは立ち向かいのです。

なぜ、こんな事を書いているかと、いうと。逃げてる人がいるからです。
ぼくは、助けることはできません。自分は自分で取り戻してください。
どうか、立ち向かってください。
ぼくは、あなたが大切だからここに書きました。
どうか、分かってください。
もう、逃げないで。

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